赤から青へ


「新しい太陽」2013 キャンバスに油彩、テンペラ この絵は2013年、伊勢出雲のW遷宮の年の真夏に誕生しました。 描きはじめは軽やかなクリオネに似た妖精のような雰囲気からはじまったのですが、 タイトルは完成をまたず早い時期に決まりました。


「新しい太陽」


”大風呂敷を広げてしまってほんとに描くの!?”といった気持ちだったのですが、 完成に向け描き進めるうち、ただならぬ"圧"を感じる重厚感と熱感。 狐に乗っているのは当初「荼枳尼天」を描きかけたものの筆が進まず、 なぜか活き活きしていた狐の部分のみを残して加筆したからです。

展覧会の表題作としてDMにこの絵を使うため、DM印刷の〆ぎりぎりになってひとまず絵は完成しました。 しかし、その時この絵の顔が"安倍首相"にそっくりなのに気づいて。。。 気になったものの、寝不足の精根尽きた状態で下手に加筆しては元も子もなくなるので、 ひとまず仮眠してクールダウン。 目覚めて軽く加筆してみたら、ヤバいと感じた雰囲気は消えて完成となりました。 この絵を描いていたのは時期的には参院選の頃だったと思います。 くわしく覚えてはいないのですが、 私は当時から"安倍首相"には声も話し方も姿も、直視できないような 本能や細胞レベルからの"ヤバさ"のようなものをずっと感じていました。 完成した当時は 国に密接に関するような強大なテーマには、そのような力に関する存在が来るのだな、、 と納得しました。 本当に、ヤバいまま加筆せずに完成させなくて良かったと思います。

そして、7年の時がすぎた今年。 この「新しい太陽」の対の存在といえる「水底の太陽」の分霊を然るべき場所にお納めすることとなりました。 時期を同じくして飛び込んできた首相辞任の発表に、 やはり世界は繋がっているな、、、、と 思わずにはいられません。 青が前へ出て来る時代へ 「病気で辞任する人を労いもなしに糾弾するのではなく まずは、ありがとう、お疲れさまと言おう」といった一見もっともらしい論調に滲み出る、 よき隣人的、ちゃんとした人的な倫理観が、かなりヤバいような気配がしてなりません。